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ニッケイは暖かい地方に生育、または帰化しているクスノキ科の樹木だ。
「ニッケイ」というとあまりイメージがわかないが、「肉桂」「ニッキ」と言い換えるとすぐにイメージがわく。カレー等に入れられているシナモンとは近縁で、香りの成分は同じ。葉や枝を切ってみるとかすかにシナモンの香りがする。この枝を押し葉標本にするために乾燥機にかけると部屋中にシナモンの香りが広がり、香辛料の1つであることがよく分かる。
2008年12月27日 (土) 植物 | 固定リンク
香りの記憶には新しい・古いがある。ヨモギや三つ葉やセリの香りは物心ついた頃から馴染んでいたが、カモミールやローズマリーやセージなどはいつか途中で加わった新しい香りだ。中でもニッケイの記憶は古い。確かに「ニッキ」と言い換えた方が分かりやすく、小さい頃きついニッキの匂いを含んだ子供菓子があったのを思い出す。溶いた砂糖につけられた着色料も濃く、甘さと香りが際立つ昔の駄菓子の一つだった。 カレーに入れるシナモンとは近縁とあるからニッケイには幾種類もあるのだろうけど、広辞苑では「シナモン=肉桂」と仲間でくくっている。ちょっと図書館に寄って牧野植物図鑑を開いてみると、ニッケイは享保の時代に中国から輸入されたインドシナ原産の植物だという。肉桂という日本名は元来根(この根皮に香気があるらしい。)に近い樹皮の最もあつい部分の名称だからニッケイと呼ぶのは誤りだけど、古くから用いなれた名であるからこれに従った、とあった。 昨今なかなかの懐古ブームだそうだが、古い香りの記憶は自然とその頃の生活を呼び覚ますものだ。ニッキの砂糖菓子があった頃の冷蔵庫は氷で冷やす冷蔵庫だった。氷屋さんが大きな氷を運んで来てノコギリで大小に挽いた。単位は貫目。その家の冷蔵庫に合う大きさに切り分けられて収まった氷は、食品を冷やしながらゆるゆるととけていった。 やがて電気冷蔵庫が普及すると、近くのお菓子屋にもアイスクリームやアイスキャンデーを置くようになった。けれどもそれは特別の冷凍冷蔵庫だった。普通の家庭用電気冷蔵庫は冷凍庫がなく、アイスクリームの保管もできないし、まして作ることはできない。 あるとき母親はドライアイスなる白煙をくゆらす氷よりも冷たいものを手に入れて砂糖缶でアイスクリームを作ってくれたことがあった。卵と牛乳と砂糖だけで作ったシンプルなものだったけれどおいしかった。 電気冷蔵庫か電気洗濯機か、どちらが先か忘れたけど、昔の洗濯機は脱水機なんてなく、すすぎ終わった洗濯物を付属のローラーにはさんで取手をぐるぐる回して絞った。ローラーをくぐり抜けた洗濯物は水分を絞り取られてペチャンコのスルメ状になった。どんな衣類もローラーをくぐれば干物になった。そのはたらきの巧みと洗濯物の造形に感嘆した。 後ほどスペインの画家ダリのシンボルのようになったトロリと湾曲した「やわらかい時計」を見たときも、ローラーから絞り出されて波打った洗濯物を連想した。あの懐中時計は戦争や原爆をモチーフとしているらしいが、中学時分京都のダリ展で初めて曲がった時計を見た私の頭の中では変形してスルメになった洗濯物が波打っていた。 ニッケイに種類があるにしても、ニッキをシナモンと呼ぶようになると急に洗練された香りになった。スティック状にして紅茶に添えるのもおしゃれだったし、クッキーやパイにも上質の程よいシナモンの香りが漂った。ドーナツにかかったシナモンでさえ涼やかで、あのむきだしの匂いは影をひそめた。 やはり幼い頃、ニッキと並んでやたら強いハッカ味のお菓子もあった。子供だったから余計感じたのかハッカの砂糖菓子やドロップを口に含むと中で爆弾がさく裂するみたいだった。清涼感のあるクールミントガムが登場するずっと前のことだ。 ハッカも驚くほどたくさん種類があるらしいし、今は輸入物や合成ハッカが主流だというが、再び出会ったときにはミントと名を変えてシャーベットや洋菓子にさわやかな香りを添えていた。 今でもスーパーなどの「昔なつかし」コーナーには奉天や南部せんべいやカルメ焼きなどに交じって、ほのかなニッキの八橋、ほんのりハッカのまつたけ形のお菓子などがあって、これなどほどほどのよい香りがするが、往年の姿に近い激烈ハッカ飴を見かけることもある。 ノスタルジーコーナーはともかく、ニッキやハッカも右肩上がりの時代の中で、暑苦しくむせる匂いと直截の刺激や泥臭さを濾し取って、あかぬけて優雅に変化していった香りだと思う。
投稿: Mariko.F | 2009年5月21日 (木) 18:31
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香りの記憶には新しい・古いがある。ヨモギや三つ葉やセリの香りは物心ついた頃から馴染んでいたが、カモミールやローズマリーやセージなどはいつか途中で加わった新しい香りだ。中でもニッケイの記憶は古い。確かに「ニッキ」と言い換えた方が分かりやすく、小さい頃きついニッキの匂いを含んだ子供菓子があったのを思い出す。溶いた砂糖につけられた着色料も濃く、甘さと香りが際立つ昔の駄菓子の一つだった。
カレーに入れるシナモンとは近縁とあるからニッケイには幾種類もあるのだろうけど、広辞苑では「シナモン=肉桂」と仲間でくくっている。ちょっと図書館に寄って牧野植物図鑑を開いてみると、ニッケイは享保の時代に中国から輸入されたインドシナ原産の植物だという。肉桂という日本名は元来根(この根皮に香気があるらしい。)に近い樹皮の最もあつい部分の名称だからニッケイと呼ぶのは誤りだけど、古くから用いなれた名であるからこれに従った、とあった。
昨今なかなかの懐古ブームだそうだが、古い香りの記憶は自然とその頃の生活を呼び覚ますものだ。ニッキの砂糖菓子があった頃の冷蔵庫は氷で冷やす冷蔵庫だった。氷屋さんが大きな氷を運んで来てノコギリで大小に挽いた。単位は貫目。その家の冷蔵庫に合う大きさに切り分けられて収まった氷は、食品を冷やしながらゆるゆるととけていった。
やがて電気冷蔵庫が普及すると、近くのお菓子屋にもアイスクリームやアイスキャンデーを置くようになった。けれどもそれは特別の冷凍冷蔵庫だった。普通の家庭用電気冷蔵庫は冷凍庫がなく、アイスクリームの保管もできないし、まして作ることはできない。
あるとき母親はドライアイスなる白煙をくゆらす氷よりも冷たいものを手に入れて砂糖缶でアイスクリームを作ってくれたことがあった。卵と牛乳と砂糖だけで作ったシンプルなものだったけれどおいしかった。
電気冷蔵庫か電気洗濯機か、どちらが先か忘れたけど、昔の洗濯機は脱水機なんてなく、すすぎ終わった洗濯物を付属のローラーにはさんで取手をぐるぐる回して絞った。ローラーをくぐり抜けた洗濯物は水分を絞り取られてペチャンコのスルメ状になった。どんな衣類もローラーをくぐれば干物になった。そのはたらきの巧みと洗濯物の造形に感嘆した。
後ほどスペインの画家ダリのシンボルのようになったトロリと湾曲した「やわらかい時計」を見たときも、ローラーから絞り出されて波打った洗濯物を連想した。あの懐中時計は戦争や原爆をモチーフとしているらしいが、中学時分京都のダリ展で初めて曲がった時計を見た私の頭の中では変形してスルメになった洗濯物が波打っていた。
ニッケイに種類があるにしても、ニッキをシナモンと呼ぶようになると急に洗練された香りになった。スティック状にして紅茶に添えるのもおしゃれだったし、クッキーやパイにも上質の程よいシナモンの香りが漂った。ドーナツにかかったシナモンでさえ涼やかで、あのむきだしの匂いは影をひそめた。
やはり幼い頃、ニッキと並んでやたら強いハッカ味のお菓子もあった。子供だったから余計感じたのかハッカの砂糖菓子やドロップを口に含むと中で爆弾がさく裂するみたいだった。清涼感のあるクールミントガムが登場するずっと前のことだ。 ハッカも驚くほどたくさん種類があるらしいし、今は輸入物や合成ハッカが主流だというが、再び出会ったときにはミントと名を変えてシャーベットや洋菓子にさわやかな香りを添えていた。
今でもスーパーなどの「昔なつかし」コーナーには奉天や南部せんべいやカルメ焼きなどに交じって、ほのかなニッキの八橋、ほんのりハッカのまつたけ形のお菓子などがあって、これなどほどほどのよい香りがするが、往年の姿に近い激烈ハッカ飴を見かけることもある。
ノスタルジーコーナーはともかく、ニッキやハッカも右肩上がりの時代の中で、暑苦しくむせる匂いと直截の刺激や泥臭さを濾し取って、あかぬけて優雅に変化していった香りだと思う。
投稿: Mariko.F | 2009年5月21日 (木) 18:31